進路

 

高校最後の公式試合が終わって、進路も決まっているはずだった。

私の所属していたクラブからは例年M大学に進学する子が数名いて、幸いM大学は家から10分程度で、環境とか色々加味してもちょうどいいしやっぱりそこがいいよなあと思っていた。

私ともう1人の同い年の子とでMに進学するつもりで推薦の願書を出した。

ちなみに両親は国立のG大学を推してきたが、知り合いもたくさんいる学校に私は行きたくて聞く耳を持たなかった。

 

でも、なぜか、スポーツ推薦の合否をwebで照会したら、私たちのナンバーは載っていなかった。

焦った。

後になって知ったが、願書を出す前から受からないことは決まっていたらしい。

監督同士の齟齬というか、上の代の振る舞いというか、色々と絡み合った要素があったらしいが、そんなことはどうでもいいくらいに、たくさんのことを考えなくてはならなくなった。

当時流行していたSNSでも小学校や中学校の同級生が進路を決めたり受験について考えていて、当然他の体操クラブの同級生たちもどこの大学で体操を続けるかなんかをほとんど決めていて、とてもとても置いてけぼりをくらった感じがした。

 

通信制の高校に進学する際に、クラブの監督は大学進学を保証すると言っていたので、責任を感じたのか体育大学や地方の大学を紹介してくれ、手配してくれたが、その頃にはもう色んなことがどうでもよくなっていた。

体育大学に進学して何をしたいの?地方のFランで何を学ぶの?たくさんの同級生は受験勉強をして頑張ってやりたいことのできる大学に進学するのに、って。

 

クラブの細々とした行事をこなしながら、勉強を始めてみたり、自力で今から入れる学校を探してみたり。

結局高校3年間何の勉強もしなかったというツケは大きかったらしく、行きたいと思える大学には受からなかった。

少し勉強をみてくれてた人たちには、浪人すれば私立文系くらいならだいたいどこも受かるポテンシャルはあると思うよって言われても、周りで浪人するという話を聞いたことがなかった私は、どうも浪人の二文字にリアリティを感じられず、ほんとうに誰でも入学できるような短期大学の面接を受けた。

 

そしてそこに受かったと同時に勢いで体操クラブを辞めた。

もうやれないと思ったし、疑問も感じたし、違和感も不信感も抱いていたから。